2017年03月11日

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お久しぶりです!
寝てた訳ぢゃないかんね!の、どーもマツリ子です(*´∀`*)ノ
1月末の引っ越しで腰をやり、接骨院通いながら什器の設置(画像1)&確定申告。
荷物をバラし始めたら収拾がつかなくなり(画像2・泣)、
癇癪起こしてはシクシク泣くを繰り返し、やっと14日リオープンとなります!
これ、お気づきのマツリカンはいないと思うけど、13年前の高州MATULIKAオギャーDAYと同じ日なのですよ。
あの日、
それまで接客業の経験がなく、開店を迎えてから
あれ?お客さん来たら、

…どうしよー!!!

超パニクった!(笑)
結局向かいの八百屋の娘さん以外ご来店はなく、淋しいよりもホッとしたのを覚えてます。

13年使った看板は、風雨にさらされた金町9年半でボロボロになり、バッキバキにして燃えるゴミの日に出しました(笑)
今作り直しているところでございまする

最初に主役のお月様を描いたのですが、
ややっ!?
髭男爵!!


分かるかな??
百均の筆は毛が抜ける抜ける!
今度のMATULIKAさんはヒゲ生えてます★

水元MATULIKA、
商品を設置し後はひたすらお化粧を施すのみ! 地味過ぎる座り作業で肩ぱんぱんス&柔らかなオレンジ色の照明で物が見にくい!
老眼マツリ子ツラいところ!(笑)(笑)

リオープンにお花はいらないよ?
これ、振りじゃないよ?
だってお花は食えないぢゃん(*´ω`*)



Matulikomatulika33 at 00:51│コメント(2)トラックバック(0)

2017年01月30日

29日(日)に引っ越しが完了、今日30日は不動産屋さんに鍵を返してきました。
「9年半、お世話になりました!」
「あら、そんなに?」
…ホントあっという間だったなぁ。
どーもマツリ子です。
お店、こんなに広かったんだよー!
って写メ撮ってきましたが、
あれ、うまく伝わらないかな??


撮りながら、
あ、ここはもうMATULIKAじゃないや。
そう気づきました。
金町に居場所がなくなり、公園でしょんぼりコンビニのおにぎり食べたりして、
そんな徘徊マツリ子を見かけたら珍来でラーメンおごって下さい。喜んでご馳走になる所存です(゜∀゜)

去年、金町MATULIKAからのマツリカンに
「優しい顔になりましたね」
そう言われました。
リオープン当初は大学生だった彼も30歳。新婚さんだったので幸せを振りまいてるだけか、と思いました。
年末、高州MATULIKAからのマツリカンに
「優しい顔になったー。いい感じ」と。

あれ?
2人に言われたってことは本物かもしれぬ。

それでマツリ子、考えたのですよ。

確かに高州MATULIKAの頃はゆるかった。
雨が降ったら人間眠くなるのでお店もお休み。
人間だって動物だもの。マツを。
なんつって。
癒やしの音楽を流し、お香を焚き、入店したらそこは異空間。

金町にリオープンしてから、…なんか躍起になってた。
マッシュ店長の介護に始まり、ママちゃん、じいさん。
よっしゃ、イケるイケる!
勢いと気力で突き進んできましたが、多分ゆとりなど忘れていた。

ココロノ ユトリヲ ゴテイキョウ

これが出来ていなかった。

高州ではマツリカンがゆっくりゆっくり店内を見て歩き、楽しんで遊んでくれました。1時間くらいは当たり前。
遊べるPOPをマツリ子も細かく書いていて、それを笑ってくれるマツリカンがいて。

あの頃に戻ろうじゃないか。
そう思います。



まだ↑こんなんだけどね。
カメっちハテナ顔で起きちゃったけどね。

マツリ子がまず楽しんで、楽しく居心地の良い場所をのんびり作ります



Matulikomatulika33 at 22:07│コメント(4)トラックバック(0)

2017年01月23日

スマホが重く、頭にきて鉄拳くれてます、どーもマツリ子です。
ちっ。
くそっ!くそっ!

1月22日。
穏やかに晴れた今日はじいさん(父)の三回忌でした。
丸2年。

お坊様がお経をあげている時にぼんやり塔婆を眺めていました。
あの墓石の裏に立てる長い板。
そこにじいさんの戒名があります。
『仁徳覺照』

じいさんは17歳だか18歳の時に茨城の山奥から千円だけ持って頼る人もいない東京に出てきました。
大工職人として寝る間も惜しんで働き、ママちゃんとお見合いをした10年後、万券を持ってデートをするほどになり、家族を養い、子供3人とも私立の中学に通わせ、アパートを作り、都内に130坪という敷地、そして立派な家を残し、
77歳で天国に旅立ちました。

『仁』
これは仏教ではもっとも位の高い字だそうです。
『徳』
たくさんの財産を築きました。
それは『仁』、人徳があったからこその『徳』。
『覺』
じいさんの名前です。
『照』
亡くなってもあの世からみんなを明るく照らしてくれてます。

ママちゃんが亡くなった夜、セレモニーセンターにじいさん、弟、マツリ子が並び、様々な打ち合わせをしました。
「どうする?」って、いちいちじいさんが聞いてくれたので、
「遺影の回りはお母さんの好きだった藤色」とか、
「遺影の背景は山登りが好きだったから山」とか、
すべてマツリ子が決めました。
戒名の話になった時、じいさんは「いっか?」弟も「うん、いらないよ」と言いました。が、
「いる!戒名いるよ!」。
戒名をつけていただくにも金銭が発生します。
それでも何故だろう。
戒名は絶対欲しかったんです。
ママちゃんがどんな人だったか、お坊様からの電話に応対したのはじいさんで、じいさんはママちゃんの介護を大変だ大変だと言っていたので心配だったのですが、
『清妙和蓮』
清く妙たる『和』はママちゃんの名前、『蓮』は蓮の上で微笑む観音様です。
とてもキレイな戒名をいただきました。
ママちゃんのこと、じいさんはちゃんと話してくれたんだと思いました。

じいさんが亡くなる最期の2ヶ月、ICUで過ごした2ヶ月、毎日が辛そうで苦しそうで、
じいさんは私の前でだけ幼児のように泣いたから。
毎日ICUに通い、弟にある時話しました。

肺炎が治らないならお姉ちゃんの肺を1つあげようと思うの。

白血球の数値が医者も驚くほど右肩上がりに高くなり、苦しみを和らげるために眠らせていた日もありました。

そんな状態で手術なんかできっこない。

そう気づいたのは実は最近です。
担当医が手術中で不在だった日、外科部長から「覚悟しておいて下さい」と言われました。
「肺が1個でも生きられますよね? 私の肺を父に移植して下さい!」
手術に耐える体力が残っていません、と外科部長は首を振りました。

ボロボロと泣き崩れながら、頭で納得し、心では出来ていなかった。
なんでよっ!?
ってずっと思ってた。

じいさんが亡くなって丸2年。

何故私は未だ仏壇の中にある写真に泣くのだろう。

湯船につかりながら、じいさんの一生をぼんやり考えました。
結婚式の時の白黒写真が浮かんできました。
キラキラと輝く瞳の青年でした。
アフリカの子供たちのようにキラキラと。

そこで涙が溢れてきました。

体調を崩し、気力もなくし、でも私は77歳の未来を諦めていなかった。
生きる希望にキラキラしたじいさんに戻ってほしかった。
希望を奪ったのは独りぼっちにさせてしまった私だというのに、
いや、私だからこそ。
じいさんにキラキラを取り戻してあげたかったんだ。

じいさんが亡くなり病院を後にする時、担当医にお礼を言いました。
心臓専門の病院でした。心臓の手術をした後に肺炎になりました。が、どこの病院も受け入れてくれず、あれこれ手を尽くしてくれました。
「ありがとうございました。先生が担当で良かったです。ただ…」

悔しい…!!

魂の叫びのように口にしていました。

2年経った今でも、私は悔しいんだと思います。
多分ずっと、きっと死ぬまで悔しい。


Matulikomatulika33 at 00:41│コメント(0)トラックバック(0)

2017年01月17日

…事故?
事故でいっか!
緊急手術になったとします。
「この人なにかアレルギーあるかご存知の方いらっしゃいますか!?」

さぁ出番です、みんなで声を揃えて言いましょう!

「ハウスダストは絶対ない!」

すげー埃にまみれております、どーもマツリ子です。

掃き掃除もパタパタもしないと、お香の箱の上…
いや、細い金網の上にも埃って積もるのね。すげー(・∀・)

14日(土)22時に金町マツリカ閉店しました。最終日は『思い出』を買いにいらしてくれたマツリカンがなんとなーく絶えず、いや感謝でございます。
ケーキを買ってきてくれた方もいました。


顔の中央、思いきりブスリといかせていただきました!

少しおセンチに閉店し、翌日は友達の吹奏楽コンサートに行きました。

具合い悪…○| ̄|_

正月2日~14日まで、風邪薬飲みながら
気合いで行け!
行けば分かったさ、具合い悪…。+゜(*ノ∀`)

16日は歯医者と片付け。
少しずつ分解。
荷をまとめたら新店舗に運ぶ。
今日も2往復しました。
前カゴとリュックと、エスパー伊藤が楽々入れる巨大バッグを肩にかつぐ。

ど、どいてー…
ヨロヨロ…

ウルフルズのガッツだぜ!とかイエモンのJAMとか延々歌っております。

1月末に引っ越し完了予定です。
その時にまた違う想いが湧き上がると思います。

電車で出掛ける時、自転車どこ置けばいいんだよっ!?

とかね。
うそうそ。

ちょうど9年半でした。
ありがとうございました!



Matulikomatulika33 at 20:42│コメント(0)トラックバック(0)

2017年01月02日

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姉からのラインで噂の『まずい御節』を食べに100メートル離れた実家に出掛けたのは12時過ぎのこと。
餅を焼く網を買いに行く姪っ子とすれ違い、居間はまだ暗く、

(・∀・)?

起きたばかりだったようです。

ガスコンロの上に網、餅と置いたらしく、キッチンからは悲鳴と笑いが聞こえてきます。
姉いわく「壊滅的な餅」は岩海苔はりついてんのかと思いました。



姪っ子が作ったという御節もテーブルに並びます。
○○って、
何やら名前だけは一流料理人のかぶのなますは枯れた菊のようでしたが、
「うわあ!」
想像以上に豪華な御節、思わず声をあげました。
大好きな伊達巻き。
しょっぱくない?と心配顔の姪っ子ですが、
「うん!」

…うん?

うーん…

しょっぱくはないけれど、なんて表現すればいいのだろう。
「あ、パンケーキみたい!」

「あ、うん!
 はんぺん臭さを消すためにメイプルシロップ入れたの(^^ )」

斬新すぎます。

野菜の鶏肉巻き。
いちばん端っこを姉が食べ「美味しい!」
端から2つ目を私が食べ「うん、美味しい!」

(・∀・)?
…ぐにゅ?

次を姪っ子が食べ、
…ようとし、
「火、通ってる?」
ぼそっと。

よく見ると中心部が生です。
食感がぐにゅっとしたのは生だったからでした。
慌ててチンしに走る姪っ子。
煮込んだハズの肉団子も中が生でまたチン。
くわばらくわばら、と姉。

パンケーキみたいな伊達巻き、生の肉料理、枯れた菊にやたらブラックペッパーのきいた海老と、ツッコミどころ満載でしたが、
ごちそうさまでした!

日本酒をグビグビ飲んで「食べ過ぎた!」と横になる姉に
「どうする?」と姪っ子が聞きます。
観たい映画があるとのこと。

1月1日、1,100円で観られるよ
アリオのMOVIXでやってる!

という訳で3人で出掛けることとなりました。
映画なんて何年ぶりだろう。

チケットを買い、上映時間まで3時間ほど、
ショッピングモールで過ごします。
混み合う中でまず喫茶店に入り、

…それは姉が服を買った後のLOFTでの出来事でした。
ハンドクリームのテスターあれこれを手にし、
「これいいにおい!」
「これくさっ!」
などと騒いでいると、
「あ、母!(姪っ子は姉を母と呼ぶ)
これどお?ローズ!」
ローズ好きの姉に姪っ子がにおいを嗅がせるためテスターの口を姉の鼻に近づけます。
ここから私はスローモーションで覚えています。
あまりのことに気絶でもしたのでしょうか。

姪っ子が持つテスターからクリームのかたまりが5mmほど飛び出し、姉の鼻を直撃!
鼻に白いハンドクリームをつけた姉は、クリームがついているのに幸せそうな顔なのです。



すぐに「やだぁ!」と表情は変わるのですか、クリームがついた瞬間の顔は笑っていて、
それが可笑しくて可笑しくて、涙を流して笑ってしまいました。

「クリーム!
 ついてるのに!
 幸せ…!
 幸せ…!
 そうな顔!(≧∇≦)」

涙を拭うほど笑ったのは生まれて始めてかもしれません。
姉は「わざとでしょ!」と言っていましたが、
あれは確実に笑いの神が降臨した瞬間でした。



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