2017年08月

2017年08月11日

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何年ぶりかなぁ。
思い出せないくらい久しぶりにお墓参りに行ってきました、どーもマツリ子です。

お葬式もお墓も、私は残された人のためにあると思っていて、
残された人が人生に迷った時にお墓は必要なもので。

30歳前後に立て続けに友人を2人亡くしたのですが、
同僚ではないから毎日顔を合わせていた訳でもなく、だから余計この世にいないなんて信じられず、
あの街をうろうろすれば
「いよぅ!」って手を振ってくれるんじゃないかな。
会いたいな。
毎日毎日、夜空を見上げて泣いておりました
まだマッシュ店長が元気な頃で、そんな私を心配して、後ろに大切なおもちゃをそっと置いてくれたほど。

あの時にお墓があれば、花を手向け手を合わせ、墓石に刻まれた名前に納得したんだろうな。

ママちゃんが亡くなった後、少し時間があるとお墓参りに行っておりました。
「おっけぃ、おっけぃ♪」が口癖の近くのハリキリ花屋さんで、毎回白い花ばかりをほんの少しだけ選び、お線香は店のインド香の白檀を数本。
当然だけどまだじいさんが生きていて、
「お前ばあさんの墓参り行ったのか?」ってよく電話で聞かれたっけ。
行ったらキレイになってたからよ?って。

私はたぶんじいさんの為にお墓参りに行っていたんだと思います。
まだママちゃんのこと忘れてないよ、まだ私も淋しいよ。
お墓参りをすることで、そう伝えたかったんだと思います。
ひとりじゃない。2人だから、淋しいけど淋しくない。

じいさんが亡くなった後にお墓参りに行った記憶がありません。
ちょいと記憶が飛んでいたりするのですが、
たぶんない。
今日お墓参りに行き、
墓石に刻まれたじいさんの戒名を見て、
何かが胸を突いた。
そうだ、じいさん死んじゃったんだ。

だから、お墓参りには行っていないと思います。

墓前で手を合わせ、

もちっと健康になりますように。
頭が働きますように。

巣鴨のとげぬき地蔵あたりに行ったかと思われるがっついたお願い事をし、一緒に行った弟と少し近況を話し、
あんパンとあんドーナツと、姉が作ったスイカを回収して帰ってきたのですが、
特に心が晴れもせず。

なんだろう。
お墓参りが淋しい。


今年の夏はおかしいですね。
5月末が死ぬほど暑く、
マツリカのマツリカちゃんは空っ梅雨の6月に咲いちゃったし、8月に入ったら夏の終わりのような。
台風一過の茹だるような暑さとか、地震が多いとか、
UNIQLOはもう秋物だし(←いつものこと)、
夏休みが終われば大晦日まであっという間。

行楽シーズンの秋を前に、
8月27日(日)~28日(月)、一泊旅行に行ってまいります。


マツリ子が選ぶマツリカの好きな風景。



Matulikomatulika33 at 16:07│コメント(0)トラックバック(0)

2017年08月08日

マツリカを始めたのは2004年。
35歳になる年の2月に店舗契約、3月に開店したのですが、
そこに至るまでの私は

人類など滅びてしまえ!

そんなふうに思っておりました。
意外と狂気、どーもマツリ子です。
エアコンのフィルターを掃除したら冷気がよみがえり、只今ご機嫌。

※エアコンのお掃除は、活躍する時季の週1程度にフィルターの汚れを取るのみ。
気になる方はまわりの埃を掃除機で吸い取るか、雑巾で拭き取って下さい。
エアコンクリーナーを使ってたまった汚れを一気に掃除すると、排水が詰まりエアコンの故障の原因となります。
クリーニング業者に頼んでも壊れる時があります。
ご注意あれ。

さて。
友達のブログ更新を楽しみにしている今日この頃なのですが、
彼のブログには必ずYouTubeの音楽が貼ってあります。
先日は薬師丸ひろ子の『Woman』でした。
姉が薬師丸ひろ子ファンで、あの当時散々聴いた曲なのですが、

『もう行かないで そばにいて』

これだけで何日も泣けるとは!
調べると色々な方がカバーしている名曲なのですが、平井堅の『Woman』は古時計みたいでしたね。
で、オリジナルがいちばんグッとくるという。

『時の川を渡る船にオールはない』

時の川だ、っつってんのに、
三途の川で船に立って笑顔で手を振るじいさんとママちゃんが浮かぶのです。

数日泣きました。

そしてブログの最新記事が、
日航ジャンボ機。

1985年8月12日。

JAL123便が御巣鷹山に墜落し、520名が亡くなったあの事故です。

当時マツリ子16歳。
良くも悪くもパンパンだった高校1年生。
3つ違いの姉は長野の大学で寮生活をしておりました。
8月12日は、夏期合宿で箱根の寮におりまして、
「大阪行きの日航機が墜落した! 家族の安否を確かめたいヤツはいるか!」
先生の呼び掛けに、
長野県だけど姉が近くにいる。
ってことで実家に連絡したのを覚えています。

これは後日、姉から聞いた話です。

寮生活を送る10代最後の野郎どもは、
立ち上る煙とオレンジ色に見える山に目星をつけ、車を走らせました。

山に入ると、ひどい臭いと、聞こえるうめき声。誰なのか分からないけれどたくさんの大人が集まっていて、彼らに怒られ現場を後にしたそうです。

まだみんな生きてたー
超こえー

報道では自衛隊到着は14時間(12時間?)後となっておりますが、
たしかにあの夜、何らかの部隊が事故現場にいたのです。
そして生存者もたくさんいた。

そこまでは知っていたのですが、友達のブログを見て改めて軽くググってみると、

軍事、国家機密、火炎放射器、毒ガス。

物騒なワードが簡単に出てきました。
それを追っていたジャーナリストの謎の死も。

マツリカを始めてから、お客さんに恵まれ、たくさんのマツリカンとたくさんの話をして、
世の中まだまだ捨てたもんじゃないことを知りました。
それまでの私が捨てていた世の中は、
まさに日航ジャンボ機墜落事件のような世界。
阪神淡路大震災ですら、
『地震発生装置』
なるものの存在を考えました。
古い家屋が瓦礫となった上に、だいぶ前から計画していたかのように新しい建物が次々と建設され、
そこに不信感を抱いたのです。

まるで漫画の話だな。

そう鼻で笑われ、ひとり怯えていたけれど、
今 UA(ウーア) のライブで配られている冊子があるそうです。
そこに書いてあるのは、
9.11もアメリカの自作自演、と。
敵を決め、戦争をしたかった理由は結局は『お金』という内容です。

TV番組や新聞や、
マスコミに操られているなと思うことが最近多い。
あまりTVを見ないから、
ん?
って気づくことがあるのです。

犠牲になったひとりひとりの命は諭吉よりずっと重いハズなのに、
実際はアルミで出来た1円玉くらいに扱われ利用されている現実。

広島原爆、長崎原爆、日航機。

夏の暑い時期に思い出し、考えなくちゃいけないことは多い。
1年に1度くらい、そんな夜を過ごしてみてはいかがですか。


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Matulikomatulika33 at 17:09│コメント(0)トラックバック(0)