2020年07月

2020年07月28日

『見上げてごらん夜の星を』くらい、空で弾けるようになれ!


10代の頃と明らか違うのは、

なーーんも覚えらんねー


ちょっと待って!
10曲くらいはギターコードも歌詞も覚えてたよね 

ということで、
まず一曲 覚えようぜ!って自分で自分の肩を組んだのが
『見上げてごらん夜の星を』。


私の算段はこうだ。

水害などで避難所暮らしを余儀なくされる。
怯えたり、そのうちイライラしたり。
オヤジのイビキはうるさいし、幼児は無邪気に走り回る。

※無邪気ほど厄介なモノはない


そこにぽつんと置かれたギター(!)

静かに爪弾き、

♪見上〜げてーごらん〜〜〜 夜の〜星を〜

子供が動きを止め (よしっ!) 、そのうち近づいてくる。
オヤジもお年寄りも知っている、九ちゃんの曲だ。


見上げてごらん夜の星を
小さな星の小さな光が
ささやかな幸せを歌ってる

見上げてごらん夜の星を
ぼくらのように名もない星が
ささやかな幸せを祈ってる

手をつなごう ぼくと
追いかけよう 夢を
2人なら苦しくなんかないさ

(よしっ、歌詞は完璧!)


店でこれ弾いてるとね、
ご来店した方が「なんだか落ち着くわねぇ」って言ってくれるのだ。

つって、
オヤジに「うっせ!」とか怒鳴られたりして。
まぁそれも想定内。


どんな時もほっこり出来る空間を目指す、
どーもマツリ子でした




Matulikomatulika33 at 22:05│

2020年07月24日

はじめに。

今月はスマホが早々にゼロギガになりまして、新入荷衣料とかあるんだけどアップできないでいます。
そして記事は画像もなく、長い長い。



高州マツリカの頃によくつるんでいた男の子。
あの頃よく私は

「あきんどですから

って口にしていた。
あきんどって言葉が好きだった。

ある日、
いつもの決め台詞の後、

「あきんどじゃないよ···」

不機嫌な顔でぼそっと言われた。

大抵不機嫌な顔をしている面白い子だったのだが、

「へっ?」

止まってしまった。
言葉も笑顔も。

いや、わし、

あきんどよぅー



あれから10年以上が経った。

あきんどじゃないかもな。
いや、ないな。

そう思う出来事が最近あった。


『成功』って言葉が嫌いだ。
成功したい! ってがんばる人々は、みんなアップアップしている気がする。
結果を出す為に必死で、必死過ぎて他を傷つけたり、そして自分も傷ついたり。

お金がそんなに大事ですか?

そう言って道端のタンポポの葉っぱを食べてる私は、
全然あきんどじゃない。

『気持ちに余裕がない vs お金に余裕がない』

だったら、
考えるまでもない。
後者を選んでタンポポの葉っぱを食べる。

そんなんで生きてけっか!
てめえの腹くらい てめえで満たせ!
お前もう 40だろ!

じいさんに言われたのは10年前。
いまだチクリと痛い。
全然ダメだ、って思う時もある。

それでもやっぱり頑固さん、あきんどにはなれねえのよ。


問屋さんとして大成功している社長さんに、

「ネット販売、がんばってやって」  

と言われた。

コロナでも私は問題ない、1日に100万の売上げがある。全国から毎日オーダーきます。

この御時世、
あきんどならネット販売をするんだろうな。
ネット販売は、服なら少なくても3枚は写真を撮り、身幅や着丈を計って、
それでも質感は伝わらなくて、色ももちろん実物とは違うし、
返品が面倒なら『返品不可』にすりゃいいんだろうけど、

届いた品を見た人がため息つくのは嫌なんだ。

発送やネット対応に追われて、
自分がアップアップしちゃうのも嫌なんだ。
きっとしちゃうんだ。
私はそんなに器用じゃないから。

そしたらマツリカはマツリカじゃなくなるから、
なら、
やめた方が良い。


店に来た人がホッと出来て、
かなりユルい店主がニヤニヤしてて、
たまにギター弾いててご来店に気づかなくて、

マツリカはそんな店でありたい。

提供したいのは ココロのゆとり。
お金じゃない、
私は深呼吸が出来る場所を提供したい。

それは確実に『あきんど』ではなかった。


昨日、嬉しいことがあった。

2年前の暑い夏、年中うちに休みに来る営業のオヤジがいた。
オヤジなんて呼び方は失礼かな。もし読んでいたら すまんの。

お買い物はほぼしなくて、そんな金銭的余裕も失礼ながらなくて、
けど、置物や細密画や、面白いなぁ、って眺めていて、
『ご自由にどうぞBOX』を楽しそうに漁って、2時間くらい涼んでいく。
いつも息絶え絶えの状態で歩いて来るから、イスを出して、冷たいお茶も出して。
本当に暑い夏だった。

今年3月かな。
1年ぶりくらいに来て、今日退職した、って報告で、
他にお客さん来ちゃったからすぐに帰ってしまったのだけど、それまでの仕事は私はオヤジには似合わないと思っていたから、

「退職祝い!」

走って追ってラベンダーのお香を渡した。

よく2人の娘の話をしていた。
上の娘は結婚して、もうすぐおじいちゃんだ、
とか、
下の娘はアジアン雑貨が好きで、今度一緒に連れてこようかな、
とか。

昨日、開店前。
食パンのそばかす (カビ) を呑気に箸で取り除いていると、
玄関のドアが2回、重い音を出した。

?? 
誰か来た?

開けてみるとそこにオヤジがいて、

「今日休み?」

「あら! 今からです、ちょっと待って」
 
「車置いてきちゃうわ」

「車なら店の前で大丈夫」

言いながら急いで開店した。
車ってことは、、、

「はーい、お待たせしましたー」
 
やはり娘さんが一緒だった。

にこにこした素直そうな娘さん。オヤジも嬉しそう。
嬉しそうに、

「ここがオレの朋友の···」

悪友じゃなかったと思う。
たしか朋友と言って、その後 言葉は慌ててフェードアウト。

嬉しかった。

「お気に入りの店」とかじゃなく、友達。


娘さんはワンピースを試着し、とても気に入って、
そしたらオヤジがお札を2枚、ポンッとカウンターに置いた。
ご自由にどうぞBOXを漁っていたオヤジが。

「え、お父さん、いいの?」

娘さんが驚いている。

いーのいーの、お父さんはそれが嬉しいんだから!

とは言わなかったが、
嬉しそうな父娘を見て、車も見送って、ココロがぽわんとあったかくなった。


あー

あきんどじゃなくて良かったー!!





Matulikomatulika33 at 22:14│
ブログをアップするとお知らせ通知が届く方もいらっしゃるかしら?

遅くに免御でやんす。


コロナの第2波とかニュースで騒いでいて、
そう言えば感染者数も東京は300人超えらしく。(←詳しく見てない)

若者たちの会食や保育園での感染や、
そりゃ広がるだろうよ、って思うのだが、ミニマスクのおじさんは何か対策やら やってんのかしらね?(←見てない)

私はコロナとはしばらく共存する覚悟なんで、最初から。
でね、
いつだか書いたかな。
自宅を出たら外の世界はすべてペンキ塗りたて、って考えると分かりやすいよ?

ペンキ = コロナ

どこかに座れば背中もお尻もペンキべっちょり。何かに触れば手もペンキべっちょり。
けどそれだけじゃ感染しなくて、
それを目や鼻や口から体内に入れなければ良い訳で、
だから帰宅したらまず手洗い。
顔も洗おう。
時間あれば服は洗濯、シャワー浴びる。髪も忘れずに。
私は面倒くさいので洗濯・シャワーはしてません。
手洗いと洗顔。
ご飯前にまた手洗い。

無駄に怖がらないように。


湯船に浸かる日、
よく笑われるのだが、1時間はぼんやり温湯の中にいる。
で、鼻まで潜って鼻ブクブクやったり。

そうするとね、
自分の心音が聞こえるの。
結構な速さで どっくんどっくん。

こいつが止まったら死ぬんだなーっていつも思う。
てか、
ずっと動き続けていること = 生きてることが奇跡なんだな、って。

いつ死ぬかわからん。
コロナじゃなくても。

だから、好きな人には好きって伝えるし (恋愛だけじゃないよ?)
好きな人は全力で守りたい、助けたいって思う。
言葉を伝えよう、会いに行こう、話をしよう。
どうしようかな、なんて悩んでるのは時間が勿体無い。

だって私たちは、
いま生きてることが奇跡なんだから。


色々考えず、
マツリカに来たい人は来て下さいな。
暇つぶし、顔見たかっただけ、話したかっただけetc.
全然おけまるです。

さぁ、今すぐ自転車に乗るんだ!
(深夜ですが 笑)



  ‌ 追記 

コロナの『軽症』をインフル程度に考えちゃダメです。
大きな声でベラベラ喋りながらの外食だけは絶対 NG ‌ ←油断大敵。




Matulikomatulika33 at 00:12│

2020年07月19日

前回の続きとなってしまうが。


「あんたは何するか分からないから」という理由で中学から私立校に通わされた訳だが、
その学校は二学期制だった。

前期と後期。

で、未だ解せないのは通信簿の『生活』の欄。
高校までの6年間、前期は必ず

『情緒の安定:B』

良ければ『A』、普通なら無記入、問題有りなら『B』となる。

生活態度とか色々項目があるのだが、唯一『B』をつけられたのが『情緒の安定』。
後期は必ず無記入だったので、
きっと教師の目には『理解し難い生徒』と映ったのだろう。1年経って理解できたのなら まぁ良しとする。

って、
ずっとかなり上から目線でいたのだが、
もしかすると、実はクラスに慣れるまでに半年かかっていたのかもしれん。

なんて思った。
昨日。
そう、昨日。
三浦春馬さんが自ら命を絶った 昨日。

ステイホーム前半に『14歳の母』を TVer で見たくらいで、まったく気にもしていなかった若手俳優。

ネットニュースを見てみると『鬱病』というワードがちょいちょい見られた。
感受性の強過ぎるところ、我が強いところ (頑固さん) 、
それだけでも鬱の素質はあるので、きっとそうなんだろう。

『簡単に命を捨てるな』
『彼は一生懸命病気と闘ってた』等々、
ネット民の意見は様々だが、

本当のところは誰にも分からないよ。


17日の夜、
私はギターを弾いていた。
あまりにつまらなくて。

「ひまー」とかってレベルじゃなく、苦痛を伴うほどのつまらなさ。
辛くて辛くて、とりあえずギターを弾いた。
それでも埋まらない何か。
いつか新しい表現が出来るといいな。
なかなか理解出来ないであろう苦痛なんで。

槇原敬之の『どんなときも。』を軽く弾き、コード進行が素晴らしい!
と思った。
槇原敬之は、覚醒剤だか何だか、ざっくり『クスリ』に手を出して、髭面の妖怪歯一本で記者に囲まれてた。
その前には田代まさしも また捕まった。彼はガリガリで。

詳しくは知らないけれど、他人に害を与えなければ、
放っといてあげられないかな。
違法ではあるけれど、彼らはクスリがなくちゃ生きてけないの。
ハッピーな気分になる為、って、そんな簡単なモノじゃないと思う。
見た目ハッピー野郎になったとしても、
クスリがなくちゃ 死ぬほど辛いんだと思う。

ギターを弾きながら、その後にブログも更新して、私は今回も何とか辛さから脱出できた。
ストレス発散が、弾き語りと『書くこと』で、両方やってなんとか気持ちを誤魔化せたが、
つまらない気持ちが辛くて、誰かに側にいてほしくて、けどそれは誰でもなくて、
ぽっかり空いたココロの穴がひゅーひゅー音を出して、
クスリに手を出す人たちのことを考えた。

ココロの穴は、
近いところではじいさんやママちゃんや、
けど、やっぱり1番はマッシュ店長。
三浦春馬さんの事件をあれこれ考えながら寝た昨夜、マッシュの夢を見た。
夢の中で気づいた。

つまらない は『詰まらない』 ← ココロの穴

マッシュの形をしたココロの穴を、美味しいモノや、日々の些細な幸せや、ギターや、好きな人とか、
なんかその辺りで塞ごうとしている。たぶん。
けど、
マッシュの穴を完全に塞ぐことが出来るのはマッシュだけで、
だから、
詰まらない。
つまらない。

つまらないことが死ぬほど痛い。

涙もでない。
ただ、
つまらなさ過ぎて、痛くて辛くて、
こんなに辛いなら死んだ方がマシじゃないか。
なんて思うのだ。


たぶんね、
これは雨続きの低気圧のせい。
自律神経も乱れに乱れてる。

カビ生えそうなほど雨ばかり降って、
あーもー無理だー
って、
彼は死んでしまったんじゃなかろうか。
ふいっ、と自死の方向に気持ちが向いてしまったんじゃなかろうか。
そして、
そんな想いを抱えながらなんとか生きてる人もたくさんいるんじゃなかろうか。

17日の夜にもし私が死んでしまったとしても、その理由がまさか『つまらないから』だとは誰も思わないよね。
だから彼のことも、
彼にしか分からない。
ただ、
低気圧で自律神経やられちゃったんだわ
って、
そのせいにしちゃった方が幾分は楽。

どうにかココロを誤魔化して、なだめて、
とにかく命さえ繋いでいれば、
ね?
今日は晴天よ?
お昼の卵サンドが楽しみだったりするのよ、私も。


コロナでストレスにヤられる。

それが『殺られる』にならないよう、
なんとか耐える術を身につけてほしい。
私は辛さが分かるから、もしお手伝い出来る何かがあるなら、お気軽に連絡くださいな。

がんばろ。
残された人はずーっとずーっと辛いから、
大切な人のためにがんばって生きよう。

1395288804690



Matulikomatulika33 at 14:47│

2020年07月17日

今夜もじゃじゃ降り。


静かにギターを弾きたいから、
『指弾き』を昼間のうちに調べた。


結論:楽しく弾ければいいらしい。


今どきのアルペジオもストロークも出来ない。
村下孝蔵のストロークと、さだまさしのアルペジオだけど、

まいっか。


森田童子の『男のくせに泣いてくれた』を さだアルペジオで弾いていた。
きっと耳にしたことのある方もいるだろう。
懐かしのドラマ、真田広之と桜井幸子の『高校教師』で使われていた。


中学から私立校に通い、朝6時34分の電車に乗らないと退学だった。
7時50分までに登校できないと退学って学校で、私は毎日遅刻ギリギリだったんで、
6時34分に乗り遅れた夢は未だ たまに見る。

フォークソング同好会は最初の1ヶ月は朝練があった。
ギリギリまで寝ていたくて朝御飯も食べなくなったというのに、
1時間も早く登校するなんて、、、

フォークソング同好会を諦めた代わりに、
金町のワカナ堂ってレコード屋さん、昔はヨーカドー側にもあって、今のまちおか辺りかな?
その2階だか3階だかでクラシックギターを教えていて、
私はその教室に通わせてもらった。
人に教わるのが苦手なので全然上達しなかったが、1曲くらいは家でも弾いた。

クラシックギターはナイロン弦で、音がやさしい。
子供部屋の隣に小さなダイニングキッチンがあり、ママちゃんが夕飯の洗い物をしている背中に背中を向け、
なぜだろう。ギターを弾く時はいつもその廊下に座っていた。

ある夜、

「ギターっていいわね、心が落ち着く」

ママちゃんがそう言って、洗い物で濡れた手をエプロンで拭きながら
食卓の椅子に腰をおろしたことがあった。

ギターは、
ママちゃんは興味がないと思っていた。
じいさんが若い頃『流し』をやろうとした時期があったらしく、
だからギターはじいさんの血だと思っていた。

ギター教室には2年近く通ったと思うのだが、大して上達はせず、空で弾けたのは最初の1曲のみ。
毎回同じ曲だが、
時間があればママちゃんは聴いていた。


森田童子を弾きながら、
もっとギターを弾いてあげればよかったな、って思った。
そしたらもっと、ほんの少しだけど、潤いのある時間が持てたかな。

サイダーバさんのママは、
今は亡きお母さんに日本に遊びに来てもらいたかったらしい。
日本で日本語を話す姿を見せたかったらしい。


けどさ、
たぶんいるんだよ。
ギターを弾いてる時、ママちゃんも聴いてくれてる。
ママのお母さんも、楽しくお客さんとお喋りしてる時、一緒に笑ってる。

霊の世界の話ではなく、
私にはママちゃんの血が流れていて、
サイダーバママにもお母さんの血が流れている。
そうやってずっと生き続けるんだ、夜空の星になっても。



追記:あ、今日ママちゃんの月命日!


Matulikomatulika33 at 22:46│