2018年09月21日

4年前の今日、あねごは旅立ちました。

4年前、どんな記事を書いたかな?って確認して、またむせび泣く。

あの日、娘ちゃんから訃報を聞いた後、店の奥で声をあげて泣きました。
店は3日、休みました。

あねごは、実の姉よりも姉らしく、頼りになるし物事のあれこれをたくさん教えてくれた。
あったかい女性だった。
大好きだった。

マッシュ店長がお星様になった後、たまに誰とも口を聞きたくない日があった。
目が覚めて、営業するか否かは、
あねごを思い浮かべる。
あねごとも話せない、と思った日はお休みしてた。

故意に人を傷つけるより、
知らずに傷つける方が質が悪い。

それもあねごに教わったこと。

80歳になってもマツリカやってね。
杖ついてボケたこと言いながらお茶飲もう。

そう言ってにっこり笑ってくれた。

その言葉に、笑顔に、何度救われたか。
なのに私はあねごを救えなかった。
1人で逝かせてしまったのは、私の罪。一生背負う十字架。

同業の先輩にそんな話をした時、先輩は言いました。

「マツリカさんね、誰にも何も告げずに逝ってしまうというのは、これひどく失礼な話なんですよ」。

その言葉がずっと引っ掛かっていた。

礼儀を大切にしていたあねご。
失礼って、
あねごがいちばん嫌うこと。

けど、
今年に入ってふと気づいた。

亡くなる2日前かな。

『もう死にたい』

そんなメールをもらい、あわてて呼び出すと、
あねごはマツリカに来てくれた。

話を聞き、なんとなくの解決法を提案すると、
「そうだね!」って笑ってくれた。
ちょうど入院中だったじいさんの為に作った卵焼きがあって、

「じいさん、卵焼きは嫌いだ、って返されちゃって。良かったら食べます?」

「マツリカの卵焼き、美味しいんだよね」

そう言って全部平らげてくれた。

大丈夫!
そう思った。

大丈夫と判断した自分をずっと呪ってきたけれど、
もしかしたらあねごは、
サヨナラを言いに来てくれたのかもしれない。
最後にうちに来てくれて、いつものにっこり笑顔で、

さようなら。

きっとそうなんだよ、って、最近思うようになった。

20代半ばだった娘ちゃん。
1人でお祖母ちゃんの介護をしながら、今年30歳になった。
たまにマツリカに来てくれる。
何でもよく知っている。物事のホントのところから動物の生態まで。

あの時二十歳そこそこで喪主をつとめた弟くん。
修学旅行がたしか沖縄だった。

「ココナッツを割ったドリンクが飲みたい。ココナッツにストローさして」

そんな夢を抱いているのよ、ココナッツなんてうすら甘くて、冷やしてないから温いのに。
まぁでもそれも体験だ、飲んでこい!

そんな風にニコニコしていたあねごだから、

きっと、母として教えるべきは、全部教えて旅立ったんだな。

娘ちゃんを見ているとそう思う。


にしてもさ。
ツラい時、悲しい時、なんだか1人でつまらない時、
なんであねごいないのかな?って、
なんで1人で先に逝っちゃったのかな?って、
頭の弱い子のようにぼんやり不思議に思ってしまう。

話したいこと、たくさんある。
あねごが好きそうな商品もたくさん仕入れてる。

なんでいないのかな。


「マツリカ、無理すんな」

それが口癖だったあねご。
自分はあれもこれも全部背負いこんで、無理して体も壊して、
だから私に「無理すんな」って言ったんだ。

だから人は、
亡くなった人の分も幸せに、
って言うのか。

あねごの思い、大事にします。
今日は冷たい雨だから、奥のソファーでゆっくりほうじ茶オレでも飲もう。



Matulikomatulika33 at 14:16│コメント(0)つれづれ物語 │

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